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民宿発祥の地「白馬」
明治後期には登山、大正にはスキーが普及し始めた白馬村。大正初期には多くの人が訪れるようなったことによりスキー小屋が建設され、日本初となる「民宿」が始まったと言われていている。昭和になると宿泊施設は200軒以上に増加し、平成には長野オリンピックの開催と共に白馬の観光は全盛期を迎える。しかしそれ以降スキー客は減少し、また不景気の煽りを受け民宿を含めた宿泊施設の数も減っていった。
白馬からHAKUBAへ
平成以降日本人スキー客の数は減少したものの、長野オリンピックによる白馬の知名度・首都圏からのアクセスの良さ、また国際交流に流れに柔軟に対応する地域の人々の存在もあり、近年外国人観光客の数は増え続けている。一旦減少した宿泊施設も外国人観光客の増加と共に徐々に再整備され現在の白馬は且つての活気を取り戻しつつある。
民宿の再生
本計画の建物も数年前に閉鎖されたスキー客の為の民宿兼住宅で、大正初期に建てられたのちスキー客の増加と共に増改築を繰り返した建物である。今回の計画では地域の景観や日本文化の継承を考慮し、建替ではなく増築部分を撤去することにより大正初期に建てられた当時の姿に戻し、日本の伝統と快適性を併せ持つ一棟貸しのホテルとして再生する。敷地は白馬八方スキー場の麓、かつては民宿が立ち並びスキー客で賑わった場所にあり、全体で約5000㎡の木々に囲まれた自然豊かな環境にある。今回の計画では伝統を継承し、地域の賑わいを取りも戻しながら自然豊かな環境を生かした計画とした。
主屋の原型を活かす
主要構造部はそのまま利用することを基本とし、基礎・耐震壁・小屋組みの構造補強を行った。また外壁改修、屋根のカバー工法による断熱補強等を行い、冬の厳しい寒さと豪雪に耐えうる構造・環境つくりを目指した。
外観は建設当初の姿を復元することをべースとし、室内はどこにいても「主屋の原形」を感じることができる力強い木構造を現わすデザインとした。特にリビングスペースは天井を撤去し屋根裏の木架構をそのまま見せるつくりとし、最大天井高さ8.3mほどの空間が北側に広がる杉林とつながるように大開口を新たに設けた。寝室と水廻り以外の空間は壁で仕切らず、障子により分節し宿泊者の利用に応じて開け閉めができるつくりとした。
■過去を今に繋げる
宿泊客が白馬の良さをより感じられるように、この地の歴史や雄大な自然に呼応する空間つくりを目指し、素材やアート、造作、建具等を設えた。既存の土間玄関の黒玉石洗出しを利用したアプローチから杉板ナグリ仕上の扉を開けて建物内に入る。土間から踏込石を上り障子を開けると、近傍の山で採取された大きな蛇紋石が宿泊客を迎え、背後のアート障子の奥にリビングの大空間がつながる。杉板の外壁と木製建具、障子、漆喰壁、天然木材の造作家具、既存の組子細工の欄間等、温かみのある素材で空間を包込み落ち着きのある一棟貸しホテルとした。敷地に広がる杉林を望むことができる浴室では日本屈指の強アルカリの天然温泉を楽しむことができる。
未来へと引継ぐ
歴史ある建物を現代のニーズに合わせて再生し、今後の敷地内への施設の増設、更に周辺にある既存の宿泊施設を巻き込んだ地域の再生計画、そして白馬村の活性化につながるムーブメントを起こしていきたいという事業者の思いがある。十分利用可能な価値ある村の資産を不特定多数の人に共有して、他の空き家となっている古民家の有効利用にも拍車をかけることができればと願っている。